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天文館史跡めぐり (第2回目 島津重豪公と家臣水間良実のブロンズ像)


みなさん、こんにちは。。
今回紹介するのは「島津重豪公と家臣水間良実」のブロンズ像についてです。

この天文館・鹿児島中央駅周辺には、鹿児島市が制作した「時標(ときしるべ)」という偉人達のオブジェが7ヶ所あります。「⑤時標 重豪、薩摩の科学技術の礎を築く」の像は、前回紹介した「天文館の碑」の近くにあります。

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明時館を建てたとき、重豪公は、家臣で暦歴学者である明時館の初代館長を務めた水間良実(よしざね)と一緒に天文学について語り合ったそうです。そして天文観測をもとに「薩摩暦」を作成しました。その当時の様子を想像して作られたのがこの像になります。

 P1040896(島津重豪公)

 P1040897 (家臣 水間良実)

薩摩暦は薩摩・大隅・日向の領内にだけ配布されました。のちに各地にある暦は統一されるのですが、薩摩だけは江戸から離れた地理的な条件から幕府から特別に許可を得て刊行しました。そして独自の日の出・日の入りの時刻など、他の藩にはない「薩摩暦」を作成しました。

さて、島津重豪公は蘭学が得意だったそうで、あの有名な長崎の鳴滝塾を開いた「シーボルト」とも面識があり、「シーボルト」は島津重豪公の人格を褒めていたそうです。また、島津重豪の蘭学の影響はのちに島津28代斉彬にも影響を与えたと言われています。

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2015-03-04 | Posted in お知らせ, 天文館の史跡めぐり, 新着情報ブログComments Closed