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天文館史跡めぐり(第5回目  月照僧人の碑)


さて、今回の天文館史跡めぐりは月照僧人の碑です。
場所は鹿児島銀行本店(山形屋の向い)の裏手側にあります。

①山形屋1号館  ②ファミリーマートとパン屋

①山形屋前の風景  ②山形屋向かいのファミリーマートの道を通る

③最初の角を左に曲がるとあります

月照僧人の碑が何故ここにあるのか?というと簡単に言えば西郷隆盛と一緒に京都から逃げて来たんですが、捕まり、一時この近辺に押し込められていました。
ではなぜ、そういう事になったのか?
安政の大獄では、京都清水寺の月照僧人は全国の僧侶中すぐれた勤王の僧でしたが、身は僧侶でも幕府は見逃さず、日々日々危険が迫ってきました。そこで当時京都にて倒幕運動に励んでいた西郷さんを頼って一緒に薩摩へ難を逃れたのです。薩摩は有名な勤王の藩でしたが、勤王派でした島津斉彬が亡くなってしまい、その反動として家老をはじめ、藩を上げ幕府に対し「事なかれ主義」の空気がみなぎっていました。その後、密告により西郷さんと月照僧人は捕まってしまい、現在の山形屋前の鹿児島銀行の所にあった「俵屋」という宿に押し込めたのです。それが今回紹介した場所になります。

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 その後、西郷隆盛と月照僧人は船便で日向(宮崎県)の国高岡郷の「法華寺」へ追放すると申し渡したのですが、実は上べの話で実際は「東目送り」とか「永送り(ながおくり)」とか言って去川の関所(宮崎県)で切り捨てる慣わしになっていました。
安政5年11月の十六夜、海路で日向の高岡へ身を隠す為に船をやっと出発させたのですが、西郷隆盛と月照僧人は既に運命の尽きたことを覚悟をし、相抱いて花倉(鹿児島市三船)の沖で入水したのです。幸いにも西郷さんだけは蘇生されましたが、哀れにも月照僧人は45歳で幕を閉じました。
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月照のお墓はこの場所より歩いて20分程にあります鹿児島市松原町の南洲寺にあります。
ちなみに、西郷さんは罪により奄美大島に島流しになりました。

 

2015-07-23 | Posted in お知らせ, 天文館の史跡めぐり, 新着情報ブログComments Closed