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天文館の史跡めぐり ~第8回小松帯刀像~


 皆さん、こんにちは。。
今回は「小松帯刀像」についての紹介です。
西郷銅像前のバス停前にある宝山ホールの所にあります。
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昔、この宝山ホールの所に小松邸の家老屋敷があったので、ここに小松帯刀の像ができました。
小松帯刀は1835年喜入領主肝付兼善の三男で名前は清廉ですが、幼少時代は尚五郎と呼ばれていました。
幼少時代は病弱な体質でしが、13歳の頃から学問に目覚め、一時は病に伏せてしまうこともありましたが、勉学に対する向上心は衰えることはありませんでした。
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1856(安政3)年、吉利領主(現:日置市日吉)の小松家の養子となり、家督を継ぎ、その2年後「帯刀」と改めました。

帯刀はとても愛妻家(7歳上で名前は千賀)だったらしく、霧島の栄ノ尾温泉に新婚旅行してます。(坂本龍馬の新婚旅行が日本初ではなかったんですね)
島津29代忠義公の時に「集成館」の管理を任され、のちに長崎でオランダの技術を学びました。
島津久光公の側役としても活躍し、その後さまざまな功績が認められ、薩摩藩の家老職に就きました。
そして薩長同盟や版籍奉還、明治時代政府設立中心的存在として活躍しました。
また同じ歳だった坂本龍馬と出会い、龍馬を薩摩に招待した一人でもあります。
明治政府では参与として活躍しましたが、1870年(明治3年)に36歳の若さで亡くなりました。

のちに小松帯刀は「幻の宰相」と呼ばれ、この像は大政奉還に他藩に先駆けて賛同し署名する姿を写しています。

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2015-10-25 | Posted in お知らせ, 天文館の史跡めぐり, 新着情報ブログComments Closed